ノマドライフキルギスタン

 

最近久しぶりに日本の昔からの友人と連絡を取っていると、ある素朴な疑問を投げかけられた。

「まゆ達の写真を見てても普段の生活がこうリアルに想像できないんだけど、夕方帰ってほっとひと息着くような家が何年間もなくって、どういうときに安らいでるの?」

この類いの質問は旅が長くなるにつれ、道中でも頻繁に聞かれるようになった。「家が恋しくない?」「自分の家がなくて疲れない?」ふむ、、、この質問に本音で答えよう。

何のやる気も出ないくらい心身ともに疲れること、もちろんあります。

これは体力的にかなり堪えた道、というよりハイキングトレイル(笑)

ここで言う「家」の概念は、一定の場所に固定されたプライベートな空間のことを指しているが、今の私たちにとって180cm×210cmの小さなテントは「家」ほどの安らぎを私たちに与えてくれている。だけど初めっから長い期間のテント暮らしに馴染んでいたかというと、そうでもない。テント内では常に半腰だし、毎朝毎晩、一時間はかかるパッキングとアンパッキングを繰り返さなきゃならないし、周りの環境はいつも異なる。

しかし慣れとはすごいもので、どんな場所にいても一旦テントを張ってしまえば、自分たちのプライベート空間を作れてしまうから不思議と自宅にいるような安らぎを感じられるようにまでなった。さらに言うと、テントのそばに透き通った綺麗な小川があれば快適度はぐっと増すし、また目の前に絶景が広がるような場所だったら安らぎや快適の上をいく。

絶景プライベートキャンプスポット。ここでは2泊しました

じゃあ、それだけテントで心地よく生活できているというのに、何に疲れるというのか?

今回、シルクロードの旅の中で特に楽しみにしていたタジキスタンのパミール高原を走り終えた私とエリオットは、もうちょっとの間自転車は見たくないってくらいに疲れ切っていた。パミール高原は、タジキスタン、アフガニスタン、中国にまたがる5000m〜7000m級の山々からなる高原で、ペルシャ語で「世界の屋根」と言われるほど、ほぼ平らな高山地帯が広がる。

事前に地図で標高を調べると、ジグザグの長い登り坂や急勾配の道はほとんどない。そして毎年夏になると世界中から自転車旅人が集うほどポピュラーなルートのため、たいして険しい道のりではないだろうと気楽に構えていた。

が、しかし。約1000kmにわたる山道は、そう甘いものではなかった。パミール高原を横切るルートは、8割方アスファルトの主要道路であるパミールハイウェイに加え、未舗装路があと3本ある。その中で私たちは、道中に温泉がたくさんあるからという日本人らしい理由で、ワハン回廊と呼ばれるアフガニスタン国境をなぞる約300kmの未舗装路を選んだ。

川の向こう側はアフガニスタンという、2カ国の風景を一度に楽しめるワハン回廊。

とにかく道の状態が悪いと評判のルートなのだが、ホログからイシュカシムまでの前半100kmはすいすいと快調に漕ぐことができ、なんだこんなもんかと高をくくっていた。だがほっとしたのもつかの間、先へ進むへつれ道のデコボコ具合は増し、ワハン回廊最後の村のランガ以降、状況は急変。道幅はぐっと狭くなり、かなり急勾配の登り坂が目の前に出現。「えっ、まさかこの道登るの?」と躊躇して地図を確認するが、残念ながら道は合っている。。。

仕方なく覚悟を決めてペダルを漕ぎ出すものの、数十メートルいったところでごろごろと転がる石にハンドルを取られ、すぐに断念。それから残り数キロの坂道を自転車を押して登ることに専念するが、酸素の薄さから数歩前へ進むだけで息が上がる。私より格段重い自転車を押すエリオットも私と同じくらい苦戦しているため、誰かに助けを求めることはできない。

自分の精神との戦いだ。

あと1km、あと500m、、、早く終われーー!と心の中で唱えながら、必死のパッチで半歩ずつ進んでいたのだが、ふと気付くと何も考えることなく完全に無心になって自転車を押していた。これぞ、標高4000mを超える高山ならではのトランス状態。はぁはぁという自分の荒い息の音をだけを聞きながら、そのトランス状態に身を任せて苦痛の登り坂を何とか登り切る。

必死のパッチエリオット

すると次は不運なことに、強力な向かい風が頂上で私たちを待っていた。平坦な道にもかかわらず、全身に当たる砂と強風で前に進むことができない。夕暮れも近づき、今日はもう終わりにしようと適当なキャンプスポットを探し、テントが飛ばされかけつつも何とか「我が家」を高原に設置。外の激しい風の音とは裏腹に、テントの中で寝袋に包まると、やっといつもの安らぎが訪れた。

(翌朝、高山の強い日射しでほっぺたにくっきりサングラス焼けをした自分を見て、体の疲労と同時に結構な精神的打撲を受けたのだが。。。)

誤解のないよう言っておくが、このエピソードはパミール高原の道中で特につらかった一幕で、毎日こんなキツい思いをしていたというわけではない。最高にドラマチックな夕焼けをエリオットとふたりで静かに眺めながら1日を終える日もあれば、路上で出会ったサイクリストと一緒にわいわい走行する日もあったり、まるで週末友人たちと遊びにきたように楽しくキャンプする日もあった。

そしてたとえタフな道のりであったとしても、坂道を登るたび、角を曲がるたびにコロコロと表情を変える目を疑うような美しい光景が、私たちを前へ前へと突き動かした。

車がめったに通らないので、横並びわいわい走行も可能
静寂のなかの夕焼けショータイム
時にはオフロードへサイドトリップ

約1ヶ月間の思い出深いパミール走行のあと、キルギスタン南西の街オシュに到着した私とエリオット。

ホットシャワー、ベッド、豊富なフルーツと野菜にインターネット。この「快適」のすべてを4日間存分に堪能し、いつもならこの時点で「さぁ、またテントと路上生活に戻りますか!」と十分パワー補給と快適離れが出来てるはずなのに、どうしてかこの時は自転車を漕ぐ気力がまだ沸かずにいた。

到着2日で興奮食べ過ぎによる嘔吐でお腹にダメージをくらし、その後3日間何も口に出来なかった

キルギスタンはタジキスタンと同様に山、山、山の国で、とっても楽しみにしていたのに、エリオットにいたっては「もうアスファルトの最短主要道路で首都ビシュケクへ向かおうか」などと言い出す始末。交通量が多いし、見どころも少ないから、それではきっと後悔すると弱気なエリオットを何とかなだめ、峠越えてんこ盛りの未舗装路へとまた重いペダルを漕ぎ出した。とにかく路上へ戻ったら自然と活力が戻るかと思っていたのだが、疲れが抜け切れず、どうもモチベーションが上がらない。

一旦じっくりひと所に留まって休養すべきだったのか。

普段なら一気に越えられたであろう標高1000m上昇する峠も1日で越えられず、中間地点でやむ終えずテントを張った。疲れていては、目の前の素晴らしい環境を心から満喫できないし、何よりサイクリングを楽しめていない。そのことに気付いた私たちは、その日からペースをぐんと下げることにした。

思わず足が止まる、キルギスタンの風景

キルギスタンの道路は、大きな街を繋ぐ南北と東西に伸びる2本の主要道路を外れるとほぼすべてが未舗装の山道で交通量はほとんどなく、町と町間は120km~200kmとかなり離れている。そのため、最高の隠れキャンプスポットが至るところにあり、ペースダウンをするにはもってこいのロケーションだった。

たとえまだ午前中であっても、たったの20kmしか進んでなくても、気に入ったキャンプスポットがあればそそくさとテントを張り、洗濯したり、本を読んだり、川や湖で水浴びしたりして1日のほとんどを大自然のなかでのんびりと過ごした。

川で洗濯してシャワーを浴びて超スッキリ

その日どこまで到達しなきゃいけないという制限はないし、夕方まで自転車を漕がなきゃいけないなんてことはない。その「決まり」を決めているのはまったくの自分自身で、旅のスタイルは何だってありなのだ。

そして食料と水源とテントさえ自給していれば、お店にも宿にも頼らずいつでも好きな場所で止まることができ、自由にゆったりと移動ができる。

10kmだけ走ってもうのんびり

キルギスタンでは、ヤートという移動式テントを住まいに放牧をしながら馬たちと生活するノマディックな人々を、今でも山や草原地帯でしばしば見掛ける。そのため彼らのヤートのご近所でひと晩過ごすこともよくあったのだが、見慣れない訪問者の私たちを発見してもただ笑顔で挨拶をし、馬に乗ってさらっと立ち去るキルギスの人々。(国によっては質問攻めにあったり、一部始終凝視されることも。)

移動しながら生活する彼らにとって、私たちが何でもないような場所にテントを張っているのはごく普通のことなのだろう。

ノマディックな人々の暮らし

そんなキルギスの人々と出会って、今の私たちは観光スポットを巡る旅人や丸一日自転車を漕ぐサイクリストと言うよりも、彼らのように路上と大地でノマドライフを送っていると言うほうがに正しいのかな、と思った。(仕事をしていないという点では、ホームレスにも限りなく近い?)

最後に、結局私たちは何に疲れていたのか?

それは自分の「家」がないからじゃない。また道中が厳しいからでも、ホットシャワーがないからでも食べ物のバラエティーがないからでもない。疲れている自分を後押しし、疲れている自分を見て見ぬふりいたのだ。そんな自分に気付いたときは、ゆっくりペースダウンをする。

この簡単にできそうでなかなかできないゆったりとしたライフスタイルを、この先いつか怒涛の日々に追われるときが来たら、ふと思い出したい。

 

2017 / 9 /24

みんなでキャンプはやっぱり楽しい