世界を1ミリ変える方法
時はさかのぼって10代後半~20代前半。自分の将来について色々と考え出した頃。私はとにかく、「自分はこれから何がしたいか」あるいは「どんな自分で在りたいか」というような、「自分」を主軸にして物事をよく考えていた。自分にしか出来ないことがしたい。刺激を与えられるような人になりたい。そんなことを本気で思って、それに近づくにはどうしたらいいかといつも意識していた。
あれから10年たった今。
日本の外の世界を見て、あらゆる価値観の人と出会い、多種多様な文化や暮らしがあると体感した今、私は「自分」のことについて考えることがほとんどなくなった。それがいいのか悪いのかは分からない。だけどある時から私の頭の中は、今自分が生きている地球の環境のことや、人を含めたさまざまな生き物のこと、世界で何が起こってるかなどの、「自分以外のこと」でいっぱいになっていた。
大げさに聞こえるかもしれないけど、できる限り多くの生き物がハッピーになるにはどうしたらいいかを基準にして物事を考えていると、自分のしたいことや在り方、というよりも「自分のしたい生き方」が自然と見えてきたのだった。
そして、その自分のしたい生き方をするためには、まず将来ではなく「今」を存分に楽しむこと、また体と心が健康であることが一番の基盤にあると思った。これを自分自身が出来ていなければ、自分の周りの人や環境をハッピーにすることなんて到底出来ない。
貧富の差が激しく、日々ぎりぎりの環境で暮らしている人が山ほどいる南アフリカに引っ越した去年の今頃、(南アフリカ周辺国を旅した今、改めて南アフリカは特殊な国だったと感じる) 自分はそういった人たちのために何ができるかとひたすら頭を悩ませたが、ケープタウンで私個人が彼らと深く交流するのはとても不自然で難しく、まずはそんな大それたことを考える前に、毎日の自分の暮らし方を見直そうと思い至った。
すれ違う人と笑顔を交わし、シンプルな生活をする。日々のほんのちょっとしたことだ。だけどそう思いながら過ごした1年間があったからこそ、今の旅のスタイルがあると思う。先の計画は立てず、その時その時の出会いやきっかけを大事にする。そんなスタンスでいた私たちに、貴重なきっかけはふと訪れた。
自転車旅の道中、私たちは数人の旅人や地元の人から、ナミビア北部のとあるキャンプサイトの噂を聞いていた。
穏やかなオカバンゴ川が目の前にあり、野生のカバやクロコダイル、ゾウが間近で見れるという、自然に囲まれたユニークなエコキャンプサイトらしい。そんなに色々な人から勧められるキャンプサイトは他になかったため、私たちはそのキャンプサイトを訪れることをとても楽しみにしていた。
向かい風のなかを60km走行したあと、’Ngepi Camp 右に14km’の看板が見えたときは、あと14kmか、、、と少々ためらい、さらにラスト5kmが自転車を押すのも困難な深い砂のオフロードになったときはさらに後悔したけれど、きっとこの5kmの価値はあるはずだ、と汗だくなって噂のNgepi Campを目指した。
結果的に、町から14km離れたNpege Campへ来た価値は大いにあった。数キロに渡る広いキャンプサイトとロッジからはカバの親子がぷかぷかと浮かぶオカバンゴ川を目の前に眺めることができ、夕暮れには川の対岸にゾウの親子が水を飲みにくるのが見れる。夜は野生動物の雄叫びが間近で鳴り響き、たまにカバがキャンプサイト内を散歩しにくるというワイルド具合だ。
また大きな動物だけでなく、さまざまな種類のカラフルな野鳥もキャンプ内を飛び回っており、見ていてまったく飽きない。そしてサスティナブルキャンプサイトを謳っているだけあり、電気はソーラーパネル、シャワーもトイレも木で囲われているだけの野外という、ナミビアでは珍しいスタイルのキャンプサイトだった。
シャワーとトイレには、それぞれちょっとした仕掛けや看板があり、それを1つずつ見ながら散歩していると、キャンプサイト内の一番隅っこの敷地に野菜畑を見つけた。降水量が少なく、土が乾燥しているナミビアで、青々とした野菜を育てている畑を見かけることはほとんどなく、この畑もその例外ではなかった。水を吸収しないさらさらの砂の土に、そのまま種を植えたような弱々しい野菜たち。
だけどそれよりも一番に私たちの目に止まったのが、異臭を放ったハエの集るコンポストボックスだった。
コンポストとは、生ゴミや雑草を堆肥させて肥えた土をつくる自然のシステムだ。インドの旅から帰ってきた2年ほど前から、コンポストトイレ(人の排泄物を堆肥させ土にする)に強い興味を持っていたエリオットは、その派生でコンポストによる野菜作りについても学んでいた。
私とエリオットは、生ゴミを放ったらかしたままのそのコンポストについて、畑で働く地元の青年ジョセフとジョヘットに話しを聞いてみた。すると、誰もコンポストについてよく知らないまま、ボックスだけ設置されていることが分かった。
次の日、私たちは川沿いでのんびりする代わりに、1日畑でコンポストの作り方を説明しながら、土まみれになって過ごした。ジョセフによると、このキャンプサイトで働く人たちはみんなキャンプから6km圏内の村に住む地元民で、自家栽培をしている人はほとんどおらず、1日基本1食か2食のウガリのみを食べているという。彼らの体は服の上からでも分かるほどとても華奢で、十分な栄養が取れていないのは見て取れた。
コンポスト作りに必要なものは、乾燥した草や枯れ葉、家畜の糞、そして水のみ。それはすべて彼らの村の周辺でタダで手に入るものだ。それらを積み重ねて層にし、時間をかけて堆肥させることで、養分を含んだ肥料いらずの土を作ることができる。このちょっとした知識を彼らとシェアすることができたら、誰もが家庭で新鮮な有機野菜を育てられるんじゃないか?と私たちは考えた。
そしてさらに、多くの家にはトイレがなく、政府から稀に支給されるトイレは穴を掘っただけのプラスチックの箱で、夏場は特にハエと異臭がひどいようだ。しかも、毎年雨季には川が氾濫してその排泄物が川へ流れてしまうため、多くの人がお腹の病気を抱えている。
アフリカでの子供の深刻な死亡原因は、飢餓でもエイズでもなく、肺炎と下痢だ。もし彼らが土作りと同じ要領のコンポストトイレを作れたら、排泄物内に含まれる病原菌を殺菌してから、土に還すことができる。(排泄物に酸素と水を加えることで、コンポスト内の温度は60度に達するため、殺菌効果がある)
言葉で説明するとなんだかややこしそうに感じるが、実際の手順はとっても単純なのがコンポストだ。しかし1日かけて言葉と手振り身振りでジェセフに話したところで、彼が次の日からコンポストを試してみるとは正直とても思えなかった。「もう少しここに滞在して、彼らと一緒にコンポスト作りできないかな?」とエリオットが言ったとき、私も同じことを思っていた。
ラッキーなことに、普段ヨハネスブルグに住むキャンプサイトのオーナーが、翌日様子に見に南アフリカから来ることになっていた。このナイスタイミングを見逃すわけにはいかない!と、私たちは自分たちがしたいことを説明して、その代わりに食事と寝床を提供してもらえないかとオーナーに話した。
すると二言返事で、あっさりとOKをもらい、初めてのコンポスト作りチャレンジが始まった。
まず最初の難関は、彼らにコンポストの必要性と素晴らしさを伝えることだった。コンポストによる土作りが完成するのは約半年後~1年後のため、先を見越して地道な作業を続けなければならない。
「アフリカの人は、来年や来月のことは考えていない。今日と明日が良ければいいという考え方だ。」と、アフリカ現地の人と一緒に働く友人たちは口を揃えて言っていたが、実際にその考え方の大きな違いは彼らと一緒に作業をする上でひしひしと感じた。
どうすればうわべだけじゃなく、本当の意味で彼らの関心を引けるかと試行錯誤のスタート。「新鮮な野菜」「栄養のある土」と言って話をしているけど、もしかしたら彼らはそんな畑を見たことがないんじゃないか?とエリオットと話し合い、焦げ茶色のふかふかの土や色鮮やかな野菜の写真を見せたりした。
あと一緒に作業をする上で難しかったのが、ローカルのスタッフと、白人のスタッフの間に、見えないラインが引かれてあることだった。白人スタッフには昼食が支給されるが、ローカルスタッフには支給されない。(ローカルスタッフの数が圧倒的に多いという理由もあるけれど。)
そして白人のスタッフはいくら新米でも皆マネージャーの位置で、いつも指示をする立場にいる。そういった構図が完全に出来上がってるせいか、エリオットがジョセフと一緒に牛の糞をシャベルで集めていると、横を通りがかった村の女性がそれを見てジョセフに地元の言葉で何か話かけた。
「彼女なんて言ったの?」とジョセフに聞くと、「なんでそのwhite manは力仕事してるんだ?」と不思議がっていたらしい。その質問に対してジョセフは、「彼は働くwhite manなんだよ!」と笑って答えたという。
上下関係は時にある程度必要なのかもしれないけれど、お互いがお互いを尊重することはいつだって大切に思う。少なくとも私とエリオットは、突然キャンプサイトに現れたただの旅人だ。私たちはできるだけその見えないラインを埋めようと、彼らと色んな雑談を交えながら一緒に汗をかいた。
すると少しずつ、畑以外の持ち場のローカルスタッフが、私たちがしていることに興味を持って畑に顔を出すようになった。完成したコンポストは、数日後には60度近い熱をもち、早朝には湯気が立つほどで、それはコンポストの中で何かが起こっている!とには示すには分かりやすい反応だった。
ある朝、クリストフという長身ドレッドのスタッフが畑にフラッとやってきた。彼は他のスタッフよりもコンポストに強い関心を示し、私たちに色んな質問を投げかけた。聞くと、彼はキャンプサイトで働く以外の時間を、自分の畑づくりに費やしているらしい。すべて手作業の畑仕事を、フルタイムの仕事と同時進行するなんて、なかなかできるもんじゃない。
彼はやる男だ!と見なした私たちは、クリストフとも一緒にコンポストを作り、彼の畑を見せてもらったり、キャンプサイト周辺の畑の土を調査して回ったりして、たくさんの時間を一緒に過ごすようになった。
畑担当スタッフのジョセフとジョヘット、そしてクリストフは、コンポストの作り方を今身を持って知っている。最後の数日間で、誰でもコンポストを作れるような分かりやすいマニュアルを作成し、スタッフがたむろするワークショップの壁に貼っておいた。
最終的に私とエリオットは、3週間このキャンプサイトに滞在した。ある日は「私たちのやってることはまったく意味ないんじゃないか」と落胆し、ある日は私たちの情熱が彼らに伝わるのを感じ、やる気がみなぎった。
たった3週間という短い時間の中で、私たちに何ができたか分からない。コンポストを教えた全員が、それを実行するとは到底思わないし、大きな期待はしない。だけどたった一人でも実際に試して、その知識を誰かとシェアしてくれたら。今すぐじゃなくても、数年後「そういえば、、、」といつか思い出してくれたら。もしコンポストは失敗しても「力仕事をする変な白人もいるもんだ!」と思ってもらえてたら。
それだけでほんの少しでも、この3週間は意味があったんじゃないかと思う。少なくとも、私たちにとっては新たな経験と発見の連続で、彼らとの時間はとても貴重なものだった。
「いつかまた戻ってくる?2人がいなくなるから、スタッフみんなアンハッピーだよ。」と別れを惜しんでくれた彼らに、「コンポストが出来上がって野菜が実ったらまた来るよ!」と冗談を言って、キャンプサイトを立ち去った。
本音をいうと、野菜ができてなくても、またいつか必ず会いたいと思う、心のあったかい人たちと出会えた。住所もメールアドレスもない彼らならではの、深い気持ちのつながりを感じた。
この3週間の経験は、知識と笑顔をシェアすることがいかに大切かということを教えてくれた。次のきっかけが訪れるそのときまで、すれ違う人にひたすら笑顔であいさつをする、そんな毎日がまた明日からスタートする。
2015 / 7 / 25