砂漠でワイルドキャンピング

 

南アフリカ旅の終わりが近づいているのは、周囲の景色からして明らかだった。

青々とした緑の草むらはすっかり姿を消し、その代わりにごつごつとした岩山が浮かぶ平坦な砂地に変わっていた。通り過ぎる車の数もめっきり減って、私たちは道路の真ん中を悠々と走っていた。

南アフリカの次に私たちが向かった国は、ナミビア。南アフリカ共和国の北西に位置する、国土のほとんどが砂漠という極度に乾燥した国だ。砂漠というだけあって作物は育ちにくく、家畜を飼うことも難しい。となると、人が住むのも厳しい土地ということになる。

そのため、ナミビアの人口密度は1平方kmにたったの2人だというから驚きだ。極端な話、東京の人口密度が1平方kmに6110人だというから、いかにナミビアに人がいないか少し比較してもらえるだろう。

南アフリカとナミビアの国境は、オレンジ川という大きな川で隔てられている。雨の降らない乾季でも絶えず流れている、ナミビアの貴重な水源だ。岩山をぐねぐね駆け抜ける、サイクリングにもってこいの長い下り坂を猛スピードで下っていくと、その先に国境が見えてきた。

国境の先には、巨大な山脈が奥の方までずっーと続いている。山の形状はケープタウンにあるテーブルマウンテンとそっくりだけど、草木が何も生えていないためかまったく違った印象を受け、「まだ見ぬ異国の地」に久々の興奮を感じた。辺りの景色はもうすでに、「南アフリカ」ではなかった。

オレンジ川の流れるこの谷は、両サイド山で囲まれているため熱がこもり、夏は気温が55℃まで上がることもあると、旅の途中で聞いていた。たしかに、冬間近の今でも、めちゃくちゃ暑い。「これがうわさのナミビアンヒートか!」と、入国審査手続きをしながら思った。

私たちが4月にケープタウンを旅立ったのには、ワケがある。その一番の理由は、ナミビアのこの熱波を避けるためだ。人が極端に少なく、川も干からびているナミビアでの水補給は、自転車旅人にとって最も大切なポイントになる。夏のナミビアを自転車で走っていて、水を飲み干してしまい、暑さで死にかけた旅人の話をいくつも知っている。水はどんな旅でも欠かせない大事なエッセンスだけど、ナミビアではより重要な鍵になるのは以前から予測していた。

そのむんむんとした砂漠の暑さとは引き換えに、オレンジ川の周辺には鮮やかな緑が一面広がっていた。その見渡す限りの緑の正体は、ワインファームだった。ここに来ても、ワインファーム?妙な違和感を覚えながら、ナミビア入国後、最初に立ち寄った小さな個人経営のスーパーで、その違和感はより強くなった。

小さなスーパーの品揃えはとてもいいとは言えず、何より値段が南アフリカの1.5倍ほどする。あとでレシートを見ると、唯一あった野菜の玉ねぎは一個50円、トマトは一個70円していた。

なにより疑問に思ったことは、地元の人たちは何を食べているのか?ということだった。この町のほとんどの人がワインファームで働いていることは想像でき、月給は1万円にも満たないだろうと見当がつく。それでいて、食料が唯一手に入る地元のスーパーの値段がこれだ。

川があるから、その周辺では野菜や果物を自給することができるにもかかわらず、数キロにわたって延々と広がるのはワインファームのみだった。川の周りは、すべて誰かの所有地ということだろう。

後から聞いたところ、地元のナミビアの人々は、フフという白とうもろこしをお湯で炊いて餅状にしたものを主食とし、川で魚を数匹釣るか、安めのお肉をおかずに毎日食べているという。作物を育てられる貴重な土地では、地元の人々が食べるものは作られていない。

なんだか矛盾してないか、、?こんな矛盾は世界のあちこちでいくらでもあることなんだろうけど、実際目にしてみるとなんともいえない気持ちになった。

唯一の心の救いだったのが、町で出会ったナミビア人が穏やかで幸せそうだったこと。少なくとも、表面的に私たちの目にはそう映った。通り過ぎる人はみんな、白い歯をニカっと見せて笑顔で声をかけてくれる。

私が買い物している間、スーパーの前で自転車とともに待機していたエリオットは、15人ほどの子供からおじいちゃんまでのオーディエンスに囲まれたようだけど、物を乞う人はいなかった。(最終的に、うさんくさいおじさんがどこからか現れ、ダイヤモンドを売りつけられたらしいが。(笑)

現在、ナミビアでの走行距離は300km越えた。本当に、町と町と間の60~80km、誰ひとりとして居ない。景色からして、ここは火星かどこかかと錯覚しそうになる。その間には、水源もない。あるとしたら、数時間に一台通り過ぎる車くらいだ。

今まで「町」といって書いてきたが、ナミビアの町は今のところ私の知っている「町」ではない。地図に大きく表示されている町であっても、とあるお金持ちの白人経営者が作った巨大なワインファームとスーパーマーケット、そしてファームで働く地元民のふきワラで作られた小さな住居地帯があるだけの町など、今の所「町」の概念を崩されている。

しかし、少なくとも確実に水を補給できる場所として、その「町」を目指し、毎日どれだけ水を持つか決め、サイクリングプランを立てている。キャンプサイトやホテルの値段は南アフリカと比べて倍近く高いが、その分富裕層向けのサービス内容で、砂漠の僻地でコースディナーが食べられたり、どこでもプールがあった。

そんな中、いつもボロボロの状態で到着する私たちを他の宿泊者の人たちがよく気にかけてくれて、ディナーをごちそうになったり、差し入れをもらったり、一時のラグジュアリーをお裾分けしてもらっている。

コンゴの石油会社で働いている男性にご馳走になった超スパイシーチキン

ラグジュアリーな一夜からまた路上へ戻るのはたまに名残惜しくなるが、距離的に予算的にも、私たちの主流はやはりワイルドキャンプだ。ナミビアでワイルドキャンプスポットを探すのは、そう難しくない。私有地のフェンスもなく、ひと気もないため、薄暗くなってから丘や岩の裏にテントを張ってしまえば、誰も私たちを見つけることはできない。

南アフリカでは、少し強盗の危険を意識して人目を避けていたけれど、ナミビアでその心配はほとんどしていない。それでも人目を避けるのは、多くの土地の大部分が政府が所有するリゾートの土地なので、彼らのリゾートに泊まらず、道端でキャンプしているのを見つかると、あまりよく思われないからだ。一度は気づかないうちに彼らの敷地内にテントを張っていて、真っ暗闇のなか移動せざるを得なかったこともある。

誰いない深い静寂の砂漠で見る夕日は、何度見てもドラマチックだ。砂漠のサンセットはひときわオレンジ色で美しいイメージがあったけど、実際ほんとうにそうだった。

ある晩、いつものようにナイススポットを見つけ、日が暮れる前に晩ごはんの支度をしていた。太陽が沈むと同時に、エリオットはテントを張り出す。もう暗くなるまで数分、、、といったとき、なんだか辺りが急に明るくなったような気がした。気のせいかと思い、そのまま料理を続けていると、さらに明るく、空が黄色に染まっていく。さっきまでテントがほとんど見えないほど暗くなっていたのに、今では丸見えになっていた。

なんだなんだ?!まるでまた日が昇るかのように、空一面がオレンジ色になり、その状態が10分ほど続いた。

あんな夕焼けは、今まで見たことがない。まさに、マジカルアワーだった。

ワイルドキャンプを数日続けていると、体や服は砂埃でまみれで、水を常に意識して使う苦労が伴う。だけど、旅のハイライトは、こういった何気ない日々の中にあるように思う。

今晩は、どんな場所で夕暮れを楽しもうか? ワイルドキャンプサイトの選択肢は尽きない。

 

2015 / 5 / 7