狭くて深いニッチな世界

 

ナミビアに入ってから、他の自転車旅人に出くわす機会が急に多くなった。彼らとの出会いは、いつも思いがけないタイミングだ。

自分の国とその近隣国をゆっくり旅したいという南アフリカ人のニルは、ある小さな街のドラックストアの前で、さぁそろそろ出発しよかと身支度しているところにふらっと現れた。そしてそのまま一緒にチャリを漕ぎだし、その後2週間を共に旅することになった。

また中国から3年間自転車を漕ぎ続け、現在アフリカ大陸を一周中だというアルゼンチン人のニコは、さぁ今日も出発するか、とキャンプサイトを出ようとしたときに、ふらっと水を汲みに私たちの前に現れた。年期の入った自転車と装備、手足の乾燥具合からして、彼がハードコア系旅人なのは一目で分かった。

左からエリオット、ニル、ニコ

その他にも、燃料代わりにビールを飲みまくるイギリス人男性2人組や、超軽装備で世界を走り続けるピチピチ50歳のブラジル人男性など、旅のスタイルや行き先は違えど「自転車で旅してる」という共通点だけで、出会った瞬間からお互いすでに知っていたような感覚になる。

ケープタウンを出発してからの1ヶ月半で、出会った自転車旅人は10人。そして、人づてに存在だけを聞いている半径100km圏内にいるまだ出会わぬ旅人、または行き違った旅人が5人。(まるでゲームの隠れキャラみたい)

案外自転車で旅してる人、めっちゃいてる!とうれしく思ったのだが、現在この広大なナミビアにいる自転車旅人のおおよその数をだいたい把握できるほどなので、実際そう多いとはいえないだろう。

ある時はエリオットがスーパーの前で私の買い物待ちをしていると、一人のおばさんが「あんたブラジル人か?」と唐突に話しかけてきたという。自転車で旅してるブラジル人がいるという噂が小さな町で周りに回って、重装備の自転車とエリオットを見てその彼と勘違いしたようだ。そうしてブラジル人のチャリ旅人が近くにいると間接的に知ったその数日後、道中で噂の彼と出くわし、「あ!うわさの!」とお互い顔を見合わせることとなった。

そんな感じで、「君たちの話はどこどこで聞いてたよ!」と出会った瞬間になることがよくあり、まぁとりあえず乾杯でもしようぜ!とすぐさま打ち解けるのであった。

そんな彼らとまず話すことといえば、旅のルートの話である。どんなルートでここまで来たか、そしてこれからどのルートへ向かうのかお互い気になるところだ。もし向かう方角が同じなら一緒に旅しようという流れに自然となり、また別の方角なら道のコンディションや
水を補給できる場所などの情報を交換する。この情報は、いつも貴重でありがたい。

long long day

未舗装道路を車で移動するのと、自転車で移動するのは感覚的に本当に大きく違うとこの旅で体感した。例えば、車だと平坦に感じる道でも、実際はゆるやかな長い上り坂だったりして、自転車だと地味に苦戦したり、車ならどうってことのない砂利の道でも、自転車だと滑って転ぶまいと常に必死にならないといけないキツい道だったりするからだ。

今までアスファルトの道をママチャリでしか走ったことがなかった私は、同じ未舗装道路の中でもこんなに走りやすさがそれぞれ違うのかと驚いた。

私ができることなら避けて通りたい未舗装道路ベスト3は、3.大きめの石がゴロゴロ転がっている急な下り坂 (一度調子に乗ってスピードを出し、ヘッドスライディングみたいにふっとんで以来かなりビビっている)、

2.コンディションの悪い急勾配の山道 (未舗装の登り坂は一度止まると再度漕ぎ出すのは不可能で、押して登るのはさらに辛い)、

そしてダントツナンバー1は、チャリを押して進むしかない深い砂の道だ。(靴が埋まるほどの深く柔らかい砂が20km続く道に5時間苦戦したときは、正直泣きそうになった)

8時間の苦闘

話が横道に逸れたが、こういった細かい未舗装道路の情報を事前に教えてもらえると、気持ちの準備だけでもしておけるのだ。(しんどいことに変わりはないんだけどね)

また、私は今までの人生の中で、自転車で旅してる人を道中で見かけたことがない。すれ違ったことがあるのかもしれないけれど、とりたてて記憶には残っていない。しかし一歩その世界に自ら足を踏み入れると、そこには知る由もなかった知恵やコミュニティが存在している。これはきっとどんな事柄にも共通してることだろう。いつでも新しい世界に踏み入ると、「こんな広がりがあったのか!」とシンプルに驚く。

山を登りきったあとのご褒美

今、私たちはナミビアの首都ウィントフックにいる。

ナミビアに入ってから1000kmほど走ったが、街という街はひとつもなかった。街と呼ばれる場所の大半は、小さな売店とキャンプサイト、ガソリンスタンドが1つずつあるだけ。とある地図にデカデカと名前が書いてあった街は、ホテルがたった一件ぽつんとあるだけで、その他はひたすら何もない砂の大地が広がっていた。

道の先に見えるのは動物たちだけ

朝は日の出前の鳥や動物たちの鳴き声で目覚め、(鳥の鳴き声は可愛いさえずり程度ではなく、嵐のように激しい) 夜は20時にはテントの中で寝袋にくるまっている。そんな野外生活を1ヶ月近く続けていたため、ナミビアに都市が本当に存在するのかと半信半疑になっていた。多くの人が、ウィントフックに行けば何でもあるよと口を揃えたが、言っても徒歩で街の端から端まで歩けるくらいの規模だろうとあまり期待はしていなかった。

隣町のRehobothから首都のWindhoekまではおよそ90kmあり、その間放牧農家が何件かあるだけなので、ノンストップで丸一日かけてウィントフックへ向けチャリをこぎ続けた。大きな山を登りきり、10km以上の長く爽快な下り坂を下ると、予想をはるかに超える歴とした「都市」が眼下に広がった。

「うわぁ~ひさびさの街だ!」と、ひさびさの品揃えのいいスーパーマーケットやレストランに心が躍った。普段都会に住んでいると、物の溢れる街に嫌気が指すことがあるけれど、やっぱり私もエリオットも先進国都会育ち。いろんなモノが恋しくなってくる。

実際ウィンフックに着いてみると、ウィンフックの街は山の上から見るよりもこじんまりとしていた。街に3つあるバックパッカー宿のうちの1つにチェックインし、相変わらず敷地内の隅っこにテントを張った。その晩はぐったり疲れていたにもかかわらず、久しぶりに聞こえてくる車の騒音でなかなか眠りにつけず、街の音と自然の音はこんなにも違うのだな、と改めて感じた。何でも揃っている大型スーパーに興奮したのは最初だけで、何度も行きたいとはあまり思わなかった。

その後宿に二泊して、すでに十分都会を満喫したような気分になっていることに気づき、あぁなんて無いものねだりなんだと思いつつ、自分たちが心地よく感じる場所がどんな所なのか、はっきりと分かってきた気がした。

豊かな透き通った水源があるところがいい。動物や虫たちとの距離が近いところがいい。野菜やくだものが美味しいところがいい。

そんな自分たちのユートピアを築くために、さらなる冒険が私たちを待っている。

 

2015 / 5 / 25